大シマロンで再会出来たときは夢かと思ったくらいだ。
嬉しくて嬉しくて、生きててくれて良かったって涙が出た。
でも、彼の傍に寄ろうとした時に気付いた。
彼は俺の傍に居たときの彼ではない、彼の主はもう俺ではない。
冷たい瞳で俺を見下ろして彼は俺に別れを告げた。
もう昔のようには元に戻れないのだろう、頭のどこかで理解した。
サラと城下へ遊びに行った時も彼はサラの護衛として付いてきた。
それがどうしても嫌で、サラと一緒に居て欲しくなくて。
俺の中で黒いモヤモヤがたくさん生まれた。
だから、サラと2人でこっそり逃げ出そうと提案した。
ビックリするくらいあっさりと成功してしまって俺とサラは笑った。
街の裏道で彼を振り切った後、事件は起きた。
隠れていた所を後ろから柄の悪い男に頭を何かで殴られた。
柄の悪い男の隣でサラが俺を見て笑っていたような気がする。
衝撃で記憶がさっぱり無くなった俺は気付いたらベッドで寝ていた。
サラというお世話係が俺に色々と教えてくれた。
俺は生まれつき体が弱くて病院で生活していたらしい。
でも長くは病院に居られないとか何とかで自宅療養する事になったと。
外の空気は体に悪いからと外出は禁じられた。
出先で倒れでもしたら大変だしね。
ある日、サラが買い出しに出掛けたので俺は留守番をしていた。
ベッドに寝ているのも退屈だったから玄関近くまで歩いた。
そこで俺はテーブルの上に置いてある綺麗な青い首飾りを見つけた。
外からの光を受けてキラキラと輝くそれはとても美しかった。
それと同時にとても胸が切なく、キュッと痛くなった。
目頭が熱くなって涙が出そうだった。
きっと体調が悪くなったんだと思った俺はそのまま眠りについた。
夢の中で俺は泣いていた、大事な人がいなくなってしまったと。
子供のように声を上げて涙を零して泣き続けた。
誰も傍に居なくて、世界に俺しかいないみたいな錯覚を起こした。
目を覚ますと心配そうな顔をしたサラが俺の顔を覗き込んでいた。
理由を聞かれたけど俺はなんでも無いと笑って答えた。
サラは何か心配事があるなら何でも聞くから、と言ってくれた。
夜になってもなかなか眠りにつけない俺は窓越しに首飾りを眺めた。
月明かりを受けて光る首飾りもとても綺麗だった。
次の日の昼頃に知らない人が訪ねてきた。
窓越しにそっと顔を見てみたけど知らない顔だったから居留守をした。
後から気付いたが俺は記憶喪失中だから誰も分からないんだった。
もしかしたら知り合いだったのかもしれない、悪いことをしたかな。
もし明日また来たら出てみよう、俺はそう思った。
そう思ってたんだけど、その日の夜。
いつものように首飾りを眺めてたら外側の窓に影が映った。
こんな時間に誰だろうと思ったら、昼間に来た人がこちらを見ていた。
目が合った瞬間、その人はとても驚いたような顔をしていた。
それから玄関のドアがガチャガチャと大きな音を立てた。
開けろと言っているのだろうか、でも俺は開けずに迷っていた。
もしも全然俺の知らない人だったら……?
俺が記憶を無くした原因だったりして、なんて頭の中をグルグル。
ドアが開かない事に気付いたその人は俺に扉から離れるように伝えた。
轟音と共にドアが開いた…というか倒れて取れた。
驚いて動けない俺を余所にその人は首飾りを手に取った。
そしてそのまま空いた手で俺を肩へそっと担ぐと外へ走り出した。
状況が飲み込めない俺は黙ったまま運ばれることにした。
体が弱いから外に出ちゃいけないとか、そんなことは忘れていた。
よく分かんないけど、その人を見たときから俺の胸は高鳴っていた。
首飾りを見たときとは真逆で胸がポカポカと温かくなった。
この人は俺の知り合いで危害は加えない、そう根拠もなく思った。
しばらく走ったあと、宿に入りその人の部屋へと運ばれた。
「ユーリ、無事でしたか……良かった」
ホッとしたように柔らかい笑みを浮かべて首飾りを俺にかけた。
すると今まで消えていた記憶がどっと俺の中に戻ってきた。
その人はそんなつもりは無かったのだろう、心配そうに俺を見ている。
俺は戻ってくる記憶に驚くばかりでオロオロしていた。
記憶が一つ一つ蘇って、次第に彼のことも思い出した。
出来れば思い出したくなかった、ずっと忘れていたかった。
こんなに悲しく切なくなるのなら、記憶なんて戻らなくて良かった。
記憶を無くしていた事を彼に伝えると悲しそうな顔をした。
彼も俺の記憶が戻らない方が良かったのだろう。
どこか痛いとこは無いかとかおなかはすいてないかとか。
色々と心配してくる彼に対して俺は怒りしか沸いてこなくて。
気が付いたら彼に掴みかかっていた。
ゆさゆさと彼の襟元を掴んだ手で揺すって何度も問いかけた。
「なんでっ、なんで俺から離れたくせにっ…心配するんだよ」
俺なんか放っておけば良いじゃないか、相手にする価値も無いんだろ。
嫌いになったから俺の傍を離れたんだろ?なのに何で?何で?
捨てられたのに優しくされたら、俺はどうすればいいんだ?
俺はあんたを諦めようと頑張ってるのになんで邪魔をするの?
俺の苦しむ姿が見たいの?俺がこの世から居なくなれば満足するの?
どんなに問いかけても彼は悲しそうな顔をするだけで何も答えない。
なんであんたがそんな顔をするんだよ、ズルイじゃないか。
もう俺は疲れたよ、あんたの顔を見ると辛くなるばっかりなんだ。
掴んでいた彼の服を離して俺はヨロヨロと後ずさる。
寄ってこようとした彼を交わして俺は外へ飛び出した。
走っても走っても彼は俺の名を呼んで追いかけてくる。
あんたに付けて貰った大切な名前、でも今はそれがとても重い。
お願いだから、その名前で俺を呼ばないで……聞きたくないんだ。
林を抜けた先は切り立った崖になっていて下を川が流れていた。
朝から降っている雨のせいで流れは激しくなっていた。
彼が俺を追ってくるけど、俺にもう逃げ場は無い。
一歩ずつ後ろに下がり続けるとやがて地面は終わりを告げる。
それに気付いた彼が慌てて寄ってこようとするのを制する。
俺はあと一歩でも後ろへ下がれば落ちる、ギリギリの場所に居た。
お願いだからこちらに戻ってくださいと願う彼の姿は俺と重なった。
どんなに傍に戻ってきてくれと言っても彼は無理だと答えた。
その彼が今、俺に向かって戻ってこいと叫んでいる。
たとえどんな理由があるにしろ、俺を捨てた人に言われたくない。
それに俺がこのまま戻ってもきっと何も変わらないままだ。
俺に幸せな未来はもう無い、彼が傍にいなくちゃ意味が無いんだから。
俺はもうここで何もかも終わりにしたい、そう思った。
「…俺は、疲れちゃったよ……生きていく理由がもう何も無いんだ。
あんただって俺が居ない方が幸せだろ? 一石二鳥じゃないか。
サラのことは絶対に裏切るなよ、大切に守ってあげろよ?
この首飾りも返すよ、俺には…もう、必要ないからさ…。
今までありがとな、コンラッド…大好きだったよ。…さようなら!」
彼が何を言おうが俺は言いたいことだけをダァーっと喋った。
人生の最後がトルコ行進曲で締めくくられるなんて思わなかった。
こちらに走り出した彼を横目に俺は最後の一歩を踏み出した。
彼がこちらに伸ばした手は空を切って俺は風を切って下へ落ちる。
俺の名前を叫ぶ彼を見て思わず笑みがこぼれた。
最期に彼の声を聞けて良かった、聞きたくないけど聞きたい声。
以前呼ばれていた愛しさを含んだそれでは無いけど、俺を呼んでいる。
きっと彼の中に俺は残り続けられる、そう思うと嬉しかった。
こんな事になってしまったけど、俺のことを忘れて欲しくなかった。
眞魔国のみんなには悪いけど、俺は先にこの世界から消えるよ。
でも、どうかこんなにも弱い俺を忘れないでいてほしい。
俺の存在が無かったことにされるのだけは嫌だ。
こんな事言ったらみんな怒るんだろうな…本当にごめんな。
最期に目を開けると空は雲の隙間から光が漏れ、虹が出ていた。
あぁ、とっても綺麗な空だなー。
そう思うと同時に俺の体には強い衝撃が走り……。
後に響くのは濁流の音と最愛の人が俺の名前を泣き叫ぶ声。
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